核のない世界に向けて

2013-07-28

「覆水盆に返らず」というテーマのお味噌

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熟成中の味噌、天地返し。
久しぶりの米麹仕込み。

いつも販売してる味噌は、甘口で塩分が少なく、大豆よりも麹の量が多く、熟成期間も3ヶ月~4ヶ月で食べごろになります。

しかし、この味噌を仕込んだのは2年前、とても塩分が多く、麹よりも大豆の量が多く、二年たっても味噌としては成り立たない味。

赤味噌になるのに、あと何年かかるのでしょう?
そして、この味噌に使った大豆は佐賀県の無農薬大豆、そして震災前に収穫された大豆です。

覆水盆に帰らず という想いがこもっている味噌。
こぼれてしまったお水をもとにもどすことは出来ないが、お水を拭き取る作業が必要。そのための、麹、味噌づくり。

数年かけて熟成した味噌には、なんだか値段がつけられないのが本音のトコで、

赤味噌になった暁には、線量が高い場所で生活せざるおえない人たちに届けたい。

三年後には、確実に赤味噌になってるので三年後の参議院選挙にまたまた大きな活躍を発揮するであろう、三宅洋平選挙フェスチームにも届けたい。

三宅くんの活躍飛躍にも胸がときめいたと同時に、根強い自民党を支持する日本国民の数の多さにもビックリ。

地球のエコシステムに限界が来てるのは、誰の目を見ても明らか。そこに危機を持って舵をとる政治家が必要。
この地球上に400基近くの原発がある、それを放射性廃棄物の最終処理方もまだ確実な解決がないまま稼働し続ける政治家たちが、もはや理想論としか思えない。


この幻の赤味噌を日本の東北、三宅洋平選挙フェスチームにどうやって届けられるか、三年以内に知恵や有志がやってくることを信じて。

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2012-06-23

いつだって雑音 黙らすには 一つ 行動で表す

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昨日はフォトジャーナリスト小原一真くんに、お会いできる機会を頂きましてお話を聞いてきました。(というよりも、彼に最近わたしがあれこれ思っていることを聞いてもらった)という言い方もできる。

小原一真プロフィールはこちら

出版されたこの写真集は地震と津波が起こった直後の被災地の状況、いつ収束できるのかわからない福島原発の現場で働く作業員の写真とインタビュー、そしてその後の被災地のレポートなどの写真が詰まっている。特に、原発作業員へのインタビューは息を呑んでしまう内容で、日本語と同時に英語記載もされている。

私は何度でも言う。

うざいと言われようがしつこいと言われようが何度でも言う。
今、日本で起こっている『再稼働問題』も『瓦礫の問題』も
『汚染食品の流通』もこれらは日本の国内問題ではなく
世界の人々と共有している『国際問題』です。

そして私は原発はもういらないと大きな声を揚げていますが、これからたくさんの原子炉が廃炉になっていくことになっても、廃棄物の処理管理、冷却し続けなきゃいけない原子炉の管理、その中で働く人がどのみち必要なのです。働く人たちと共に歩みよらなければなりません。

『歩みより』がキーワードだと感じていた今日この頃でしたが、この写真集には歩み寄るために考えなければならない、目をそらしてはならないメッセージがたくさん込められていて感動しました。

そしてこうやって外国に暮らしながら、日々日本で起こっていることに不安を感じている日本人のお母さん達、会ってわざわざ会話にしなくてもみんなで共有している溢れる不安。その不安を心に留めながら日々の日常を消化していかなければならないもどかしさ。そして、日本で起こっていることをスイス人にどう伝えていけばいいのだろう?そんなもどかしさに葛藤してらっしゃる日本の方は私だけではないと思います。

もしも、日本で起こった出来事を誰かに伝えたくなったら是非この写真集はあなたを助けてくれる。


溢れでてくる感情や思いを、言葉に変換しなくてもただ、見せればそれでいい。
たくさんの国境を越えた架け橋がきっとたくさん生まれる気がする。

小原君は私たちが世界の人々に伝えたくても言葉にできないことを、写真に納めてくれた。
彼の勇気と行動に合掌。
もちろん『えきなせ屋』の非売品ブレンド味噌も貰って頂きました!


小原君との出会いで感じて思い出した言葉


『いつだって雑音 黙らすには 一つ 行動で表す』

ヒッピホップアーティストTha Blue Herb 『時代は変わる』より引用。とても個人的な趣味思考ですみません。Tha Blue Herb の存在は最近の味噌屋の仕込み作業にかかせない存在なもので、自分に言い聞かせるためにもここで引用させて頂きました。

世の中雑音だらけ。
私の作った味噌で腹が減った官僚たちをいつの日か黙らせてやる。
放射能拡散現在進行形?? だったら私は麹菌拡散運動やってやる。

そして最後にこんな希有な機会を与えて下さった、アーティストの宮本博美さんにも大感謝です!
博美さんの個展は6月29日まで開催中です。
小原君の作品も数点展示されてます。

個展の詳細はこちら http://www.art-etage.ch/


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2012-06-17

平和な光景を見て、ふと想ったこと

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何はともあれ、初泳ぎ!

男の子は水辺と木の棒と石っころがあればそれでいいらしい。

なんとも平和な光景を見てふと思う

私たちの親の世代には生まれたときから『憲法第9条が』あって

私たちが生まれたときにはすでに『原子力発電所』が稼働してて

私たちの子供が生まれたときにはすでに『放射能汚染』が拡散中


今を生きる大人として、次世代に残せるものを真剣に考えよう。

   

  

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2009-11-08

さいきん故郷の日本がとても気になる

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かなしいできごと。

この1週間くらいはなかなか気持ちが落ち着かなかった。
日本のことが気になってしょうがなかった。
まず、佐賀県、福岡県、長崎県で頑張っているプルサーマル反対派の人たちの想いが届かず、ついに九州電力がプルサーマルを稼働し始めた。とてつもない、嫌悪感と不安感が私を襲う。

長崎になんて住みたくないから、都会に出たかったから東京に住んでた訳で、巡り巡ってスイスで子育てを始めてから、長崎県で繋がる人たち、佐賀県でおいしい海の幸やお米や蜂蜜を作ってる人たち、この土地やこの人々から学ぶことがたくさんあると、なんだか輪を描くように長崎や佐賀に自分の想いが巡り戻ってきた矢先にプルサーマルが始まることが秒読みになっていた。

その私が学びたいことがある人たちは、養蜂場をやってたり、植林活動、お花屋さん、釜炊き塩を作る人、お米を作る人、海苔を養殖してる人、たくさんの反対派の人たちは九州の食卓を支える仕事をしていて、それぞれ仕事や生活があって、プルサーマル反対運動を時間を割いてやっている。

私が生まれ育った近くでプルサーマルが始まってしまうことを知って以来、この原子力発電所を巡る日本全国の問題は私のなかで全て他人事ではなくなった。


11月8日に山口県の上関で起こった事件はとても悲しい気持ちになった

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今日の8時頃、抗議行動として、シーカヤッカーの1人が作業台船のクレーンワイアーに手をかけていたところ、作業員4人に取り押さえられ、漁船の甲板に引き上げられました。
そして、そのまま4人に手や足をおさえられ、腕で首を絞められて意識を失いました。
台船による作業が終わるまで取り押さえられたのち、別のカヤッカーが助けに入り、救急車を呼び、病院に運ばれました。命に別条はないようですが、首を絞められた影響で意識レベルが「低下」していましたが、現在はかなり回復してきました。
尚、以上のような出来事が起こっている間、出動の要請をしていたにも関わらず海上保安庁は一度も現れず、カヤッカー負傷の事故が起こった後になって駆けつけてきたそうです。

clover[詳しくは富田貴文さんのブログで


この富田さんのブログのレポートを2ヶ月前から追って見ていたのですが、小さな祝島の住民たちはこの上関原発のせいで推進派と反対派の中での憎しみや怒りが大きくなってきている。
同じように青森県六ヶ所村でも反対派と推進派での派閥が生まれ、1986年にも反対派の漁師が400人の海上保安庁や機動隊が港を封鎖したため、海上でぶつかりあった事件があったようです。

こうやって、原発を巡って小さな村や島に住む人々の繋がりが崩壊してしまうとは、とても悲しいことです。そこまで強引に計画を突き進める電力会社、カヤック隊青年の首を絞めてしまうほど、憎しみや怒りが増大している。意識を失うまで首を絞めるとは、立派な『殺人未遂』だと思う。

原子力を巡る日本のエネルギー産業は確実におかしな方向に向かっている。

カモミールは日本語で母菊(ははぎく)という。
私はカモミールのような母でありたい。


             sun

                    budpaper

    

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2009-09-21

核のない世界のために改めて考えなおすときがきた

    
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私は長崎県出身です。今までに世界のどこかを旅したときに、それを19歳のときから始めたから日本の外に出るようになりはじめてから10年が経った。
初めて海外に出たのはタイだったけど、初めての海外旅行で『where are you from Japan?』とタイ人に聞かれ、『ナガサキ』って答えたら『Hirosima,Nagasaki Atomic Bomb!』って言われたときに背筋がぞっとしたのを覚えている。だって東京や日本の各地で私が長崎県から来たからってあえて原爆の話はしないでしょ、だからびっくりしたし、それと同じことがインドでもモロッコでもアメリカでもスイスでもスイスで出会う世界各地の人たちから、この10年の間に私が長崎出身と言うとこの返事が頻繁に返ってきたことに気付いた。

日本の外では『ヒロシマ、ナガサキ』は、お好み焼きがおいしいとか、プロ野球チームがあるとか、カステラがおいしい、とかグラバー邸があるとかじゃなくて、原爆が落とされた街として世界の隅々の人々にまでその認識が伝わっていたのを私は確信した。

だから私は2009年11月から佐賀県玄海町でプルサーマルが開始されるのにはとてつもない危機感を感じてしまう。青森県六ヶ所村でもウラン処理工場が本格的に稼働して、九州でプルサマールが始まってしまったら、私たちの次世代、その次の世代、その次の次の世代まで世界の人々が『ヒロシマ、ナガサキ』からのメッセージに耳を傾けてくれるだろうか?

9月20日、日曜日に日本の食べ物や本のバザーがあると伺ったので行ってきました。
ザンビアのエイズ孤児院に寄付金を送ろうという素晴らしい主催です。
その場を少し借りて、私もバザーにいらしてた方、何人かに私が作ったプルサーマル反対のチラシを渡してプルサーマルでご存知ですか?と声をかけました。
すごく真剣に受け止めて聞いて下さった方たちもいて、核問題に真剣に考えなければと深刻な顔をなさった方もいました。そして、ある女性の方に『今日、国連安保理事会で核廃絶の方向に向うことに決定したんですよ!』って言われて思わず『本当ですか?』ってこのニュースが本当で世界が公に核廃絶に向うのであれば日本のプルサマールと六ヶ所村の処理工場の問題について日本の電力会社は改めて考え直すことができるはず。
国連で世界で核廃絶と核実験廃絶が始まってくれたらプルサーマルだって考え直さなきゃウランとプルトニウムを混ぜた燃料を世界初で扱うということは核実験とさほど変わらないでしょう?

これから核廃絶のために国連が本当に動き出すのなら、私たち日本人はたくさんのメッセージを送ることができるはず。なのに日本国内でプルサーマルやウラン処理工場が地元の人達の反対を押し切って稼働されていたら世界の人々は日本のメッセージに耳を傾けてくれるだろうか?

原子力はクリーンなエネルギーかもう一度、考えてみよう。

プルサーマルとは何か考えよう

  

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